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聖書が初めてのかたへ創造論お薦めの本教育について

聖書が初めての方へ>「あなたの行き先はどっち?」

 私が幼稚園生の時に、私のおじいちゃんが亡くなりました。亡くなる前は、病院に入院していました。しかし、退院したその次の日に、もう亡くなってしまいました。私は、とても悲しかったです。私は、心にぽっかりと穴があいたように感じました。


   「何でおじいちゃんが死ぬの?おじいちゃんの身代わりに、私が死ねば良かったのに。」と私は心で訴えていました。

その時から、私は何で生きているのか?何で死ぬのか?思うようになりました。生きていく希望が、光が、なくなったようでした。

 それか何年か過ぎ、私が中学生になった時、その中学は、キリスト教系の学校だったので、聖書の時間がありました。
私は、本当の神様の話が聞けるので、楽しみにしていました。

でも、私の友達は、教会に行っている人は少なかったのです。

何日かたった時、私は、クラスの中の1人と、とても仲良くなりました。その子と、いろいろなことを話したりしました。しかし、ある日突然、避けられるようになったのです。

私は、友達とは、何だろう?と疑問に思うようになりました。そして、とうとう私たちはケンカをしてしましました。私は、大きなショックを受け絶望的な気持ちになりました。それから、私は、2度と学校に行かなくなりました。

2ヶ月ほど過ぎ、2学期から、私はクリスチャンが始める学校ICSに行くことになりました。ICSも聖書の時間がありました。

でも、前の中学校とは違っていました。以前の中学では、その中学校の歴史のような話をしていましたが,ICSでは、聖書の歴史とキリストの救いについて知ることができました。

私は、イエス・キリストを自分の罪の救い主として受け入れることができました。本当に良かったです。

今思うと、おじいちゃんが死んだ時、もし、本当に死んでいたら、私は確実に地獄だったと思います。私がクリスチャンとして、今このように、喜んでいられるのは、たぶん神様が、チャンスをくださったからだと思います。

今、私はイエス・キリストを自分の救い主として、はっきり信じているので、死んだとしても天国にいけるのです。本当に安心しています。

ところで、話は変わりますが、今年の5月に、「パッション」という映画を4人で見に行きました。その映画は、イエス様が死ぬ前の12時間の出来事を描いたものです。

私は、イエスさまがユダから裏切られるシーンを見て、自分がみじめになりました。イエスさまは、自分を裏切る者に対して「友よ。」とよびかけ、最後まで受け入れていました。

でも、私の場合は、友達とケンカをし、別れてしまったのです。私は、心から彼女を受け入れていなかったのかも知れないと思いました。そして、裏切ったのは私かも知れないと思いました。この映画を見て、これからは、私も最後まで受け入れ、人を裏切りたくないと思いました。

私は、その映画を全部見ることができませんでした。ホラー映画なら、全部見られます。なぜなら、それは、ただ気持ち悪いだけだからです。

けれども、このイエスさまの最後の12時間を描いた映画は、私の罪のために苦しまれたイエスさまの清い、真実な姿なのです。私は、絶えられない気持ちになり、見続けることができませんでした。

聖書に「彼は、暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが。」とあります。また、「彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。」イザヤ書53章11節とあります。

「彼」とはイエスさまのことです。また、「わたし」とひらがなで聖書に書いてある場合は創造主なる神様のことをさしていますから「わたしの正しいしもべ」というのも、神の一人子なるイエス・キリストのことをさしています。

「彼らの咎を」の彼らとは、私たちのことをさしています。
みなさん、イエスさまは、私たちの罪のために死なれたのです。もし、イエスさまが死ななければ、映画に出てくるイエスさまのあの苦しみは、私たちが受けなければならなかったのです。

私たちは、すべて地獄に行かなければならなかったのです。今の世の中も、ある意味で地獄のようですが、もし、イエスさまが、十字架にかかってくださらなければ、今の世の中に、少しも光りや希望はなかったでしょう。

みなさん、
「天国か、地獄か、あなたの行く先はどっち?」
あなたもイエスさまを信じてください。それが、私の願いです。

2004年6月 (一四才 女)